Trick or Treat
朝の準備をしているとき、テレビの星占いのコーナーが目に入った。
私の今日の運勢は、「運気絶好調、明るくハッピーに過ごせそう」だとか。
そういうのはいいことだけ信じるようにしている。
今日は楽しい一日になるかもしれない。なるといいな。
私はまじめだと言われることが多いけれど、自分ではそれほどでもないと思う。
勉強や委員のお仕事も、やるべきことをしてるだけ。だるいと文句を言うくらいなら、志望校のランクを下げればいいし、委員も引き受けなければいい。
守らなきゃいけないルールを守って、あとは思うがまま、勢いで突っ走っちゃうこともある。
今、黒板にチョークを走らせている先生も、そんなカンジじゃないかな。
お堅いと言われているひとで、書かれた文字もとてもきっちりとキレイなんだけど。
ピアノも嗜むその潔癖そうな手は、私に数学以外のことを教えたりもするから。
静かな教室の中、凛とした声が響き渡る。
こんなぴしっとした先生が、生徒である私とお付き合いしているなんて、誰も思いはしないだろう。
特別優しくしてくれるでもなく。
意味ありげな視線を交わすでもなく。
ここではみんなと同じ、受け持ちの生徒。
私も妙に甘えたりはしない。
それが暗黙の「ルール」。
はじめは肩透かしを食らったような気分になったものだけれど、今ではちょっと楽しい。
社会勉強という名のデート中とか、お家にオジャマさせてもらったときとか。ふたりきりだとちゃんと彼女として接してくれるし。
その上で、学校での態度をみると、「ああ、今『氷室先生』やってるんだ」と納得できて――なんだか楽しめてくる。
実は意外なほど照れ屋なひとだったから、お仕事に徹し過ぎだと拗ねたフリをしてみるのもいいし、真似してみせるのも反応がおもしろくていい。
「氷室先生」を本気で困らせるワケにはいかないから、もちろん、ふたりでいるときに。
たまにはね、やっぱり彼氏には甘やかしてもらいたい。
だから、ちょこっとだけ困ってもらうのは、私なりの甘え方なのだ。
特に問題も無く、いつも通り楽しい一日が終わろうとしていた。
放課後は、教室で友達と手作りのお菓子を交換してお喋り。これが弾みに弾んで、結構遅くなってしまった。
弱々しい夕陽の色が落ちる廊下を歩いていると、数メートルほど先で階段を下りようとする先生を見かけた。
朝の占い、当たったみたいだ。
周りに誰もいない。早足になる。
手作りのお菓子はかぼちゃ味。
ハッピーに過ごせた一日の、締めくくりはラッキーワード。
ごめんなさい、ちょこっとだけ、困ってもらいます。
気付かれないよう追いかけて、その広い背中に飛びついて。
「Trick or Treat!」
「な……っ! 君、は……」
私はがちがちのまじめ人間じゃない。
今日みたいな日は、特別ルールもアリだよね。
先生、お菓子なんて持ってないでしょ。だからぎゅうっと。
いたずら、してみました。
-fin-
*あとがき*
ほぼ彼女の語りですが氷室SSだと言い切ってしまいましょう。
氷室はこのあと更にわたわたして、でも最後には彼女にいたずらしちゃえばいいよ、せっかくのハロウィンだもん(笑)
* * NOVEL * *